九老僧再々興
2014年3月22日
『九老僧制作にあたって』
平成25年4月のとある日。本納寺住職が私の工房へ来られ、日蓮聖人の孫弟子にあたる九人の老僧のお像=九老僧(くろうそう)の制作のお話しをいただきました。お話しを伺ってみると、本納寺の門前には『九老僧安置』と明記された大きな石塔が存在するのですが、九老僧のお像がお寺のどこを探しても見当たらないという何とも不思議な経緯でした。
さらに、九老僧に関する史料というのは皆無に等しいということでもあり、私は制作を開始する前に九老僧一人ひとりがどのような個性を持った人物であるか、また九人がそれぞれどのような関係であったかを知ることから始めなければならないと感じました。4月の終わり、住職からご紹介をいただき日蓮宗大本山池上本門寺様の霊寶殿担当安藤様をお訪ねし、そこで大変興味深いお話しを伺いました。
まず一つ目に、九老僧に関する史料及び御像はほとんど残されていないとのこと。
また二つ目に、九老僧それぞれの思想の違いもあり、一同に祀られることはなかったであろう、とのことでした。
そこで私は、今回の制作に於いては史料が少なく、それぞれの人物を実在していた時の姿で忠実に表わすのは難しく、またそれを追い求めてもあまり意味のないことと判断し、ある一つの世界を形として現せたら、という思いでお像の制作を開始いたしました。 春に育ち、夏に耐え、秋に想い、冬に考え、それを繰り返し成長し、調和状態になって行くように、九老僧一人ひとりがそれぞれの役割を持ち、ある方は春であり、ある方は夏であり、またある方は秋、冬…。そしてある方が太陽、そして月、と言ったように力(エネルギー)に差はあっても、全てが揃ってはじめて一つの世界が生まれてくるようなイメージで十体の御像(日朗上人含む)を制作いたしました。そこに、元々お祀りされておられた日蓮聖人が中心となり、一つの曼荼羅の世界が出来上がったかと思います。 平成25年10月17日「宗祖御日蓮聖人第732遠忌御報恩会」が本納寺本堂にて厳粛に執り行われました。当日、仕上がったばかりの九老僧を前に、住職が「これは気合いを入れて開眼しなくては」と仰いました。この言葉を聞いた時、私は住職の心の中に九老僧が納まってくれたのだ、とホッとしたのが正直な気持ちでした。
開式の時刻を伝える鐘が鳴り響くと、本堂にはお檀家さんや地域の方々が続々と集まってきて下さいました。私の知人や仏像彫刻教室の生徒さんたちもお祝いに駆けつけてくれ、嬉しさもひとしおでした。
法要が無事に終わり、お檀家さんが用意して下さった「すいとん」の味は忘れられないものとなりました。気のせいでしょうか。住職の娘さんが運んでくださった私のすいとんは他の方よりも多く具が入っているような気がしてなりませんでした。
今回多くの方々に御焼香をして頂き、住職をはじめ式衆の魂のこもった開眼供養を受けた九老僧の姿は、私の胸に深く刻まれることとなりました。九老僧がこれから先、多くの方々の御心に寄り添って下さることをご祈念いたします。
仏師 藤田 良夫
平成25年10月17日。この日は私にとって忘れることの出来ない日となりました。
日蓮大聖人の732遠忌の法要当日、沢山の御供え物が並べられ、煌びやかな御本堂に安置された九老僧は、すでに私たちの手を離れ、菩薩としての役割を遂行しようとしておられるかのようなお顔でした。住職に始まり、檀信徒の皆様お一人おひとりにご焼香いただき、立ち昇る煙を見上げながらふと目をやると、日蓮聖人のお顔は微笑んでいるかのようでした。法要も終盤にさしかかり、住職の木剣加持が本堂に鳴り響くと、私は肩の力が抜け、心が浄化されてゆくのを感じました。全てのものへの感謝の気持ちが溢れ、涙を止めることが出来ませんでした。
この度の九老僧制作にあたりましては、その史料の少なさゆえ各人の性質・性格的特徴からお顔の表情を推定することが難しく、最後まで「これで良いのか」という自身への問いかけが続きました。それだけにあの日、皆様に『再興された九老僧』に手を合わせ受け入れていただきましたことは、何よりも嬉しいことでした。
これから何十年、何百年先までも九老僧が檀信徒の皆様のお心に寄り添い、この雑司が谷の地を守護して下さいますよう切にお祈りいたします。
仏師 岩﨑 真理
【藤田良夫 略歴】
1922年(昭30)栃木県真岡市生まれ。1970年(昭45)仏師・渡邉貞光氏に弟子入り。1975年(昭50)独立。
◎近年の主な制作例
1995年(平7)天照大神 像高30センチ(北海道)・1995年(平7)日蓮聖人座像 像高1メートル(東京)・1997年(平9)大黒天立像 像高1メートル(京都)・2001年(平13)薬師三尊立像 像高1メートル(静岡)・2003年(平15)鬼子母神立像 像高2メートル(四国)・2008年(平20)釈迦如来座像 像高1メートル20センチ(千葉)・2009年(平21)龍神尊立像 像高1メートル50センチ(熊本)。
◎個展・受賞歴
2010年(平22)金沢・髙木糀商店にて二人展『素心仏展』開催。2012年(平24)東京・林泉寺にて二人展 『春の林泉寺展』開催。2012年(平24)一般社団法人 日本画府第五九回公募展に初入選。「浮現観音」が奨励賞受賞、及び「気付き観音」入選。2013年(平25)一般社団法人 日本画府第60回記念日府展にて「毘沙門天」、及び「気付き観音」入選。2013年(平25)横浜髙島屋および日本橋髙島屋にて二人展。平成25年3月には宮城県石巻市を訪れ、被災した方々に小さな仏様約70体を手渡す。毎週日曜日には仏像彫刻教室を開催し、地域住民を対象とした生涯学習活動を行っている。
【岩﨑真理 略歴】
1980(昭55)愛知県名古屋市生まれ。2008年(平20) 仏師・藤田良夫氏に弟子入り。2009年(平21)早稲田大学大学院教育学研究科後期博士後期課程単位取得退学。2010年(平22)聖観音立像 像高六○センチ(愛知・助正院様)
◎個展・受賞歴
2008年(平20)三愚舎ぎゃらりー『雑司が谷・鬼子母神界隈を描く展』にて「子安鬼子母神」画廊賞受賞。2008年(平20)三愚舎ぎゃらりー『雑司が谷・鬼子母神界隈を描く展Ⅱ』 にて「子安鬼子母神・文月」を特別出品。2009年(平21)一般社団法人 日本画府第五六回公募展に初出品。「子安鬼子母神」が初入選。2010年(平22)一般社団法人 日本画府第五七回公募展に「夢想観音」入選、及び新人賞受賞。2010年(平22)金沢・髙木糀商店にて二人展『素心仏展』開催。2012年(平24)東京・林泉寺にて二人展『春の林泉寺展』開催。2012年(平24)一般社団法人 日本画府第五九回公募展にて「花かんのん姉妹」入選、及びアート企画賞受賞。2013年(平25一般社団法人 日本画府第六○回記念日府展にて「いのち」入選。2013年(平25)横浜髙島屋および日本橋髙島屋にて二人展。平成25年3月には師匠の藤田と共に宮城県石巻市を訪れ、被災した方々に小さな仏様約70体を手渡す。